子どもの頃なら誰でも「はないちもんめ」という遊びをした事が、もしくは歌ったことがあるだろう。友達と手を繋ぎ、対となる2列を作って互いに「○○が欲しい」と友達の名前を指名し合う。
指名された子どもはジャンケンをし合い、ジャンケンに負けた子どもは勝った方の列に加わり、また遊びが再開するという内容の遊びであるのだが、元となる話はそんな平等なやり取りを基としているような生優しいものではなかった。
今回は、そんな恐ろしく悲しい由来が言い伝えられる遊び歌「はないちもんめ」について紹介していこう。
「はないちもんめ」という名前の意味とは?
遊びの内容や歌の内容からして、「花」や「匁」などの単語は全く関係性がなく似つかわしくないのではないか…と感じたことのある人もいるだろう。ちなみに花一匁とは、花が一匁ある(一匁は3.75gを表す)という意味だ。
何故、この花の重さが題名として使われているのかというと、当時は子ども一人あたりを「花一匁」と同等の値段で売り買いしていたという理由から来ているのではないかという説がある。
つまりこの題名は、花の値段のことを言っているのではなく子どもの値段のことを言っているのだ。
ここまで書いて、勘の良い方はそろそろ気付いただろう。つまり、はないちもんめとはただの可愛い遊び歌などではなく、子どもの身売り…つまり人身売買の内容を含んだ歌なのだ。
子どもの値段を題名に付けてしまう点と、村人の貧しさを滑稽に表現している点から、この歌は人身売買の業者側が面白がって作った歌だという一説もある。
「勝って」「負けて」の本当の意味
はないちもんめに興じていた子ども時代は、この「勝って」と「負けて」という言葉は文字通りジャンケンに対しての勝ち負けを指しているのだと思っていた方も多いことだろう。
しかし、はないちもんめの由来が人身売買であるとしたならば「勝って」は「買って」、「負けて」は「(値段を)まけて」の意味にも取れはしないだろうか。
極めつけには「あの子が欲しい」という子どもを欲しがる直接的な言葉。この言葉に対する「あの子じゃ分からん」は本来「あの子じゃまからん」…つまり、あの子じゃ値段の交渉は出来ないという親の抵抗の言葉なのだろう。
これらの事から、はないちもんめは人身売買の業者と売りに出される子どもの親との商談の様子を表すものであると言えよう。とても子どもの遊びに使われて良いような歌などではないのである。