大阪の恐るべき都市伝説!心霊スポットや火災にまつわる怖い話

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千日前の由来

大阪には千日前と呼ばれる通りがあるのだが、そこには様々な都市伝説が潜んでいる。

まず千日前という名前だが、実は1615年に墓地の整理により「千日墓地」という大きな墓地がつくられており、刑場や焼き場も併設された大規模な墓地だったのだが、それが元になって千日前という名前になったといわれている。

また都市伝説の一説だと、1615年の大坂・夏の陣の際の死傷者を焼き上げたのが千日墓地であり、あまりに死傷者が多くすべてを焼き終えるのに千日もかかったから、千日前という名をつけられてとも言われている。

実際、墓地があったというのは本当であるため、大阪ではかなり有名な都市伝説と言えるだろう。

 

千日デパート火災

千日デパートビル火災【動画】

千日前では1972年の5月13日に「千日デパート火災」が起きており、日本で起きたビル火災では史上最悪の事故と言われている。

しかもこの日、土曜日ということもあり人が多く、死者は118名、重軽傷者78名も出ていた。

この事件のさらに悲惨なところは、停電しエレベータも動かなくなり逃げ場がなくなった人たちが、窓ガラスを突き破って飛び降りたことだろう。

地上まで15メートルもあっただろうに、それでも助かりたい一心で飛び降りた人間の数は24名もおり、内22名は頭がい骨折等で死亡してしまった。

この事件が大阪で都市伝説となったのは、事件から大分経った後である。千日前通りを通った人が、ドスン、と何かが落ちるような音を聞いたのである。

その音がしたのはちょうど千日デパートがあったあたりからで、その通りを通るたびに何かが落ちる音がしており、もしかして千日デパート火災の際に飛び降りた人の音が、今でもしているのではないか、といわれている。

昔大型墓地だったこともあり、火災について何か関連性があるのでは?とも言われており、実際にあった事件、事柄なだけに、大阪にまつわる話の中ではかなり信憑性の高い都市伝説といえるだろう。

 

プランタンなんば

千日デパートが上記の火災で閉店してから9年後、ダイエーとオ・プランタンが共に出店することになった。

その頃、「終業後に行方不明者がでる」という都市伝説があったという。

終業後、残業していた二人の従業員が帰宅しようとしたところ、なかなかエレベーターにたどり着く事ができず、やっとエレベーターを見つけた所、一緒に歩いていたはずの一人がいなくなっていたのである。

その後、いなくなった従業員は見つからず、行方不明ということになってしまったらしい。

この後も行方不明者が続出したために、当時、終業後は一斉に全員で退社することが義務付けられていたという。

また、一斉にデパートから帰宅する際、誰もいないはずのシャッターの向こうから、ガン、ガンとシャッターを叩く音が聞こえたことがあったらしい。

また、夜にデパートに忘れ物をして取りにいった従業員が、一人では危ないという理由で、取りに戻るなら警備員と一緒に行動することを条件づけられたらしい。

これも、やはり行方不明になってしまうことと関係があるのだろう。

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