聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

聖徳太子と言えば、日本人なら誰もがその名を知っている歴史上最も有名な人物のひとりですよね。

かつては1万円札の肖像画にも起用されていました。

しかし、その聖徳太子が予言者であったことを、皆さんは御存知でしょうか?

彼は日本の未来に起こる、重大な出来事の予言を残しています。

一体、聖徳太子の予言とはどのようなものなのでしょうか?

ここでは、聖徳太子にまつわる謎と、彼の残した予言についてご紹介しましょう。

 

1.聖徳太子の予言を記したとされる2つの書物

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

日本書紀に、聖徳太子に関するこのような記述があります。

兼ねて未然(ゆくさきのこと)を知る

これには、聖徳太子に、いまだ起きていない未来の出来事を予見する能力があったとする見方があります。

すなわち、その説を取るなら、聖徳太子は予言者であったと言うことができるでしょう。

聖徳太子の予言が記されたとされる、2つの書物の存在が知られています。

果たして、聖徳太子はどのような予言書を残しているのでしょうか?

 

①散逸した文献『未来記』

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

聖徳太子の予言をまとめた書物とされるもののひとつは『未来記』と呼ばれるものです。

これは一冊の書物としてまとめられたものではなく、様々な場所から発見、あるいは発掘された文章をそう総称して呼ぶものです。

『未来記』は聖徳太子が行った予言について記しているとされていますが、実際にそれらが記されたのは西暦1000年頃から1600年頃にかけてのことで、いずれも後世の作であることが分かっています。

実際に、それらの予言をなしたのが聖徳太子本人であるとする確たる証拠がないことも確かで、『未来記』を聖徳太子作であるとする説には反対しする意見も存在します。

 

②江戸時代にまとめられた『未来本紀』

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

もうひとつの「聖徳太子の予言書」と言われているのが、『先代旧事本紀大成経』(せんだいくじほんぎたいせいきょう)全72巻中の第69巻にあたる『未来本紀』です。

この本は、江戸時代の僧侶である潮音道海(ちょうおんどうかい)が1675年から1679年にかけて出版したものです。

『未来本紀』の内容は、聖徳太子の死後1000年の出来事を100年ごと、全十章にわけて記述しているものとされています。

『未来本紀』に記された聖徳太子の予言についても、それが実際に聖徳太子本人が残した予言であることを示す証拠は残っておらず、贋作であるとする説も存在しています。

 

2.聖徳太子の残した予言が示す、恐るべき3つの未来

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

『未来本紀』は、建前上、聖徳太子が残した、自身の死から1000年にかけての予言をまとめた著作とされています。

しかし、実際にこの書物の記載には曖昧で抽象的な記述が多く、読む者のスタンスによって、さまざまにその意味が読み取れるものにもなっています。

そのようなことから、『未来本紀』の予言が1000年以上未来のことを示しているとする考え方も存在しています。

そして、そのような視点から改めて『未来本紀』を解釈すると、そこには恐るべき現代から未来にかけての予言が含まれていることが見えてきました。

聖徳太子が残した「未来の予言」の、3つの代表的なものを紹介しましょう。

 

①首都か京都から東京へと遷都する

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

「私の死後200年以内に、壮麗な都が京都にできる

そこは1000年以上都として栄えるが、黒龍の出現により、東へと遷都される」

聖徳太子の死から172年後、京都に平安京が建設され、1000年以上の栄華を誇ります。

しかし、江戸時代末期、黒船の来航をきっかけに明治維新が起こり、天皇は京都から東京へと移って、東京は首都となります。

”黒龍”とは、黒船のことであり、この文言は明治維新によって起こる首都移転を意味しているとされています。

 

②日本軍による東アジア諸国占領

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

「青き魚が踊って四海を飲み干し、赤き鳥は囚われて六浪に没する」

この文章は、日本軍が東アジアへ侵攻していく事実を示す予言とされています。

文中に出て来る「青」は東を、「赤」は南をそれぞれ指し、「六浪に没する」とは、日本周辺の東アジア諸国が、日本軍の侵攻による六回の作戦で占領されていったと解釈されています。

 

③人類が滅亡する

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

聖徳太子の予言の中には、今現在(2017年)より未来を指し示すと解釈できるものもあります。

そしてそれは、人類全体にとって、破滅的な意味を持つ予言となっています。

「子孫は残骸によって辱められ、世の衰退は極まるだろう

九大は損し、日は没して滅びる」

一般的には、仏教の教えにある”末法の世”の到来を指し示すとされる文言ですが、これを2030年頃に、人類が滅亡する予言であるとする解釈も存在します。

”九大”とは、つまり森羅万象を意味しており、その全てが破壊され、世界が滅びる様を予言する文言であると言われています。

実は、NASAが小惑星アポフィス2036年頃に地球に衝突する可能性があると公表しており、この予言は小惑星アポフィスが地球に衝突することで起こる人類滅亡の様子を示しているのです。

 

まとめ

聖徳太子は予言者だった!?未来本紀に書かれた聖徳太子3つの予言

NASAの発表によれば、小惑星アポフィスが地球に衝突する確率は100万分の1ほどとされています。

一方で、人が雷に打たれる確率は1000万分の1程度であると言われています。

国内では2000年から2009年までの10年間で30人が落雷の直撃を受けて死亡しているという統計も存在しています。

その事実を鑑みた時、果たして、100万分の1の確率を低いと言い切ることができるでしょうか?

聖徳太子の予言が本当であるか否か、その事実を確認することは、現時点では不可能です。

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